聖書:使徒言行録8章26~40節

説教:佐藤  誠司 牧師

「さて、主の天使はフィリポに、『ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け』と言った。そこは寂しい道である。フィリポはすぐ出かけて行った。折から、エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産の管理をしていたエチオピア人の宦官が、エルサレムに礼拝に来て、帰る途中であった。彼は、馬車に乗って預言者イザヤの書を朗読していた。すると、”霊”がフィリポに、『追いかけて、あの馬車と一緒に行け』と言った。フィリポが走り寄ると、預言者イザヤの書を朗読しているのが聞こえたので、『読んでいることがお分かりになりますか』と言った。宦官は、『手引きしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう』と言い、馬車に乗ってそばに座るようにフィリポに頼んだ。」(使徒言行録8章26~31節)

 

ルカが福音書に続いて書いた使徒言行録は、生まれたばかりの初代教会の歩みを記す書物です。あくまで教会の側に立って書かれた書物ですが、意外にも、使徒言行録は、教会にとって外部に知られたくないこと、見られたくないことを赤裸々に記しております。エルサレム教会の内部に、対立する二つのグループが存在したことを正直に述べているのです。ギリシア語を話すユダヤ人のグループと、ヘブライ語を話すユダヤ人のグループです。どちらもユダヤ人ですが、違いは話す言葉だけではありません。ギリシア語を話す人たちというのは、ユダヤの本国ではなく、地中海世界で育った人たちです。当時のギリシア文化であるヘレニズム文化の影響を色濃く受けた人たちで、ユダヤの律法からも神殿礼拝からも距離を置く、比較的自由な思想の持ち主が多かったものと思われます。

このギリシア語グループのリーダー格であったのがステファノという人物だったのですが、このステファノが律法と神殿をないがしろにした疑いをかけられて、訴えられ、石打の刑に処せられて殺されてしまいます。ステファノはキリスト教会最初の殉教者になったわけです。

ところが、悲劇はこれでは終わらなかった。その日のうちに、エルサレムでは教会への大規模な迫害が始まり、使徒たちのほかは、都に留まり続けることが出来なくなったのです。エルサレム教会に対する迫害と書いてありますが、実際にエルサレムを追放されたのはギリシア語を話すユダヤ人のグループだけであって、使徒たちをはじめとするヘブライ語を話すユダヤ人グループは引き続きエルサレムに留まることが出来たことが伺えます。これはどういうことかと言いますと、この二つのグループは教会の外から見ても、明らかに思想信条を異にするグループとみなされていたということです。これは教会が初めて経験する分裂でありました。

分裂と聞きますと、穏やかならぬものを連想しますが、教会の分裂というのは、他の組織の分裂と違いまして、二つに分かれた双方が用いられて、結果的に共に福音の前進のために働くという側面があります。確かにこの分裂は、追放された側にすれば大打撃であり、この離散はもちろん、苦難と失意の逃避行ではあったのですが、それと同時に福音が新しい地に伝えられる前進の機会ともなったのでした。まさに神は迫害をも用いて御業を推進されたわけです。

ステファノ亡き今、神様が最初に用いられたのはステファノと並ぶ優れた伝道者であったフィリポでした。フィリポが最初に遣わされたのは、ユダヤの人々と対立関係にあったサマリアでした。サマリア伝道で描かれていたのは、魔術との闘いでした。福音がユダヤを出て外国に進出するとき、必ずと言ってよいほど、ぶつかるのが、魔術との闘いです。本当の救いを知らない人々の心を捕らえて離さないのが魔術です。この魔術との闘いと並んで、福音が外国に進出するとき、経験しなければならなかったのが、聖書を教えるということです。これまで福音はユダヤ人だけに告げ知らされておりましたから、聖書を教えることは、ことさら必要ではなかったのです。ユダヤ人なら皆、天地の造り主である神様を知っている。アブラハムも、モーセも預言者も知っているのです。ところが、これが異邦人、つまり外国人になりますと、途端に事情が変わってきます。多くの人々が聖書を知らないのです。聖書と言いましても、当時は新約聖書はまだ存在していません。旧約だけです。イエス・キリストの福音を宣べ伝え、聖書を教えていくわけですが、その聖書は旧約ですから、イエス・キリストと旧約聖書の関係が異邦人には分からない。そこで、旧約聖書がキリストを証しするものだということを、きちんと教えなければならなかった。そこで使徒言行録が語るのが、エチオピアの宦官とフィリポとの出会いです。

使徒言行録はフィリポを各地を転々とする伝道者として描いております。牧師の転任の走りですね。しかも、フィリポの場合、自分の意思で次の任地へ向かうのではない。聖霊の導きによって、次の働きの場が開かれていくのです。サマリアで一定の働きを終えたフィリポに、主の天使が語りかけます。

「ここをたって南に向かい、エルサレムからガザへ下る道に行け。」

そこは寂しい道であると書かれています。人通りの少ない道なのです。そういう所に行けという指示を受けて、フィリポがどう思ったかは分かりません。しかし、彼はすぐさまこれに従うのです。

人が通るとも思えない、荒れ果てた道です。ところが、そこに馬車の音が聞こえてくる。当時、馬車で旅をすることが出来たのは、限られた身分の人たちです。常識からすれば、そのような身分の人が、この寂しい道を通るとは、思えません。馬車の主はユダヤ人ではありませんでした。エチオピアの女王カンダケの高官で、女王の全財産を管理していたエチオピアの宦官であったと書かれています。宦官というのは、昔、多くの国で、女王や王女の側近に男性を仕えさせるために行われた制度で、去勢された男性のことです。男性としての身体的機能を奪われた男性です。だから、身分の高い女性に仕えることが出来たのです。このエチオピア女王に仕える宦官がエルサレムに礼拝に来て、その帰り道に、ガザに向かう寂しい道を通りかかったのです。どうしてこの宦官のような外国人がエルサレムに礼拝に来たのかと言いますと、ギリシア語を話すユダヤ人は、じつはエチオピアにも散らされておりまして、そこに会堂、シナゴーグを建てて礼拝をしておりました。その礼拝に、この宦官のような現地の人々も参加することが許されていたのです。しかし、彼らはユダヤ人と共に礼拝することは許されず、婦人の部屋と呼ばれた別室にいて、会堂から漏れ聞こえてくる聖書の朗読を聴いて聖書に触れたのです。

しかも、彼の場合、異邦人というだけでなく、宦官だったわけですから、事情はさらに厳しくなります。申命記の23章に、次のような定めがあります。

「すべて去勢された男性は主の会衆に加わってはならない。」

ユダヤの人々は、世界でも珍しく宦官というものを置かなかったのです。どうしてかと言いますと、ユダヤの男性はすべて生まれて八日目に神との契約として割礼を受けるわけですが、去勢するということは、この契約の痕跡を消し去ることにほかならない、だから、ユダヤの人々は宦官を忌み嫌った。そして宦官が礼拝の会衆に加わることを禁じたのです。

ですから、彼が礼拝のためにエルサレムに上ったというのも、私たちは注意して読まなければならないと思います。彼は神殿の中に入れなかったのです。エルサレム神殿には「異邦人の庭」という場所があって、そこには異邦人も礼拝のために入ることを許されたのですが、宦官の彼は、ひょっとしてその異邦人の庭にすら入れてもらえなかったのではないかと思います。ならば、どのようにして彼は礼拝をしたのだろうか? おそらく、彼は神殿のあらゆる門から締め出されて、門の外に一人、立ち尽くして、心の中で神様に祈り、感謝をささげ、讃美をささげたのではないかと思う。そして神様は、御前に立つことも許されない、この隠れた礼拝者を顧みてくださって、ここにフィリポとの出会いを備えてくださったのだと思うのです。

さて、馬車の音にフィリポが気付くと、聖霊が彼を促して、「追いかけて、あの馬車と一緒に行け」と語りかけます。フィリポが走って行くと、馬車に近づくに連れて、轍の軋む音に混じって人の声が聞こえてくる。ルカのこの辺りの描写は、やはりルカらしい、実に巧みな、ちょっと映画のような表現だと思います。音の中から声が聞こえてくるのです。しかも、近づくにつれて、その声は次第に明瞭になって、聖書の朗読であることが分かってきます。預言者イザヤの書であったと書かれています。もちろん、イザヤ書の原典はヘブライ語で書かれているのですが、宦官が朗読していたのは、ヘブライ語の原典ではなく、地中海世界に散らされたユダヤ人たちのためにギリシア語に翻訳されたギリシア語版であったことが想像されます。フィリポは彼に声をかけます。

「読んでいることが、お解かりになりますか。」

すると、宦官から、じつに率直な答えが返ってきます。彼はこう答えたのです。

「手引きをしてくれる人がなければ、どうして分かりましょう。」

私はこの一言の中に、この宦官がこれまでどのような礼拝を守ってきたか、どういう思いを持って礼拝をしてきたかが、ハッキリ語られていると思います。ギリシア語というのは読もうと思えば読めるのです。しかし、意味がなかなか分からない。エチオピアでの会堂礼拝でも、そうでした。ユダヤの人々の会衆席に加わることは許されず、別室で、漏れ聞こえてくる聖書朗読に耳を傾ける。祈りの声に耳を傾ける。しかし、意味が分からない。エルサレムでも、そうでした。神殿に入ることを許されず、門の外で、一人、祈りをささげるしかなかったのです。中から聞こえてくる祈りの声に心を合わせて、門の外で祈っている。手引きをしてくれる人など、一人もいなかった。聖書の意味が知りたかった。同じ思いで祈りをささげたかった。しかし、出来なかったのです。彼が宦官であるが故に、許されなかった。

しかし、彼は、今、目の前に現れた一人の人物に望みを託します。「あなたは読んでいることが、お解かりになりますか」と彼は尋ねたのです。今の今まで、こんなことを尋ねてくれた人はいなかった。だから、宦官はその思いを正直に述べて、一緒に馬車に乗って、そばに座るよう、フィリポに頼み込みます。二人は馬車の席に肩を並べます。

ルカはここで初めて、宦官が朗読していた聖書の個所を明かしています。それは当時、その解釈を巡って、キリスト教とユダヤ教が対立をした有名な個所、イザヤ書53章の「苦難の僕」の歌です。

「彼は、羊のように屠り場に引かれて行った。毛を刈る者の前で黙している子羊のように、彼は口を開かない。卑しめられて、その裁きも行われなかった。誰が、その子孫について、語れるだろう。彼の命は地上から取り去られるからだ。」

おそらく、馬車の中で、宦官がもう一度これを読んだのでしょう。読み終えて、彼は長年疑問に思っていたことを尋ねます。

「どうぞ、教えてください。預言者は、誰について、こう言っているのでしょうか。自分についてですか。それとも、誰かほかの人についてですか。」

これは当然の疑問であると思います。実際、主イエスが登場するまでは、この「苦難の僕」が誰なのか、全く分からなかったのです。分かったのは、いつの日か、この苦難の僕のような人が現れて、多くの人の罪の贖いとしてその命を絶たれる、その預言をイザヤは語っているのではないかということでした。そこでフィリポはこの苦難の僕の意味について説き明かしをし、そこからイエス・キリストの福音を告げ知らせたと書いてあります。おそらく、フィリポが宦官に教えたのは、このイザヤ書に預言された苦難の僕こそ、主イエスであって、主イエスは旧約の預言を成就させるために来られた、まことの救い主であることをフィリポは聖書に即して説き明かしたのでしょう。

宦官にすれば生まれて初めて受ける聖書の学びです。私たちにも経験があります。長年疑問に思ってきたことが、目の前で明らかにされていくときの胸のときめき、心踊るような経験、眼からウロコのような経験は、皆さんにもあるかと思います。今、宦官はそれを経験しているのです。今思い返してみれば、これらの経験の積み重ねによって、私たちは聖書が読めるようになったのでしたし、聖書が語る信仰が分かってきたと思うのです。そういう歩みをして、私たちは求道生活を続け、そして洗礼へと導かれたのでした。そのことをルカは36節に、こう記しています。

「道を進んで行くうちに、彼らは水のある所に来た。」

この「道」というのは求道生活を象徴するものでしょう。その道を伝道者と共に歩むうちに、水のある所に来たというのです。これは象徴的な表現です。宦官は言います。

「ここに水があります。バプテスマを受けるのに、何か妨げがあるでしょうか。」

これは彼の心の叫びですね。今までこの人は、神様を信じる思いをずっと養ってきたのです。しかし、その思いは、いつまでたっても、思いのままでした。神様を信じる思いが信仰になるには、正しい手引きと解き明かし、そして何より礼拝の機会がなければなりません。

ところが、宦官にはそれらが、ことごとく無かった、と言うより、許されていなかったのです。異邦人だからと言って、別室に隔離され、宦官だからと言って、神殿に入ることすら許されなかった。礼拝の機会が与えられず、しかも、聖書の手引きも説き明かしも受けることが出来なかったのです。彼の今までの歩みは、神様を信じたいという思いはあっても、それを妨げる壁に取り囲まれての歩みでした。

しかし、今や、フィリポを通してキリストと出会った宦官の前には、妨げの壁は一切無かった。彼は車を止めさせると、フィリポと一緒に水の中に入って行き、フィリポは彼にバプテスマを授けました。異邦人が救われた記念すべき瞬間です。彼らが水の中から上がると、不思議なことが起こります。主の霊がフィリポを連れ去ったのです。宦官はもはやフィリポを見ることはなかったが、喜びに溢れて、旅を続けることが出来たと書いてあります。この「喜び」とは救われた喜びであり、かつ、礼拝の出来る喜びであり、聖書が読めるようになった喜びです。そして「旅」とは人生のことですね。救われた喜び、礼拝が出来る喜び、聖書が読める喜びに溢れて、人生という旅を続けることが出来るようになった。ひょっとして、これは私たち日本のキリスト者の姿ではないかと思うのです。神様を信じたいという思いだけはあった。しかし、礼拝の場もなければ、聖書も知らなかった。それが教会へと導かれて、神を知り、キリストを知り、聖書を読むことが出来るようになり、新たな人生が始まった。この喜びの人生を、この礼拝からまた一歩、新たに踏み出したいと思います。