「何のための安息日か」―聖霊降臨節第13主日礼拝―2026年8月16日(日)

聖書:出エジプト記23章4~12節・マタイによる福音書12章1~14節

説教:佐藤 誠司 牧師

「六日間はあなたの仕事をし、七日目には休みなさい。そうすれば、あなたの牛やろばは休みを得、女奴隷の子や寄留者は一息つくことができる。」(出エジプト記23章12節)

 

「あなたがたのうち、誰か羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちたら、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。人間は羊よりもはるかに優れた者ではないか。だから、安息日に善いことをするのは許されている。」(マタイによる福音書12章11~12節)

 

今、私たちは、当たり前のように日曜日を休日として、礼拝のために集まっていますが、初代のキリスト者にとって、日曜日は休みの日ではありませんでした。今の私たちの感覚からすれば、当時の日曜日は今の月曜日のような感じだったのです。ですから、日曜日に礼拝のために集まるというのは、大変だったことでしょう。加えて、初代のキリスト者の中には奴隷の身分の者が多くいましたから、彼らは一日の労働が終わって、さらに主人の許しを得なければ集まることが出来なかった。彼らは食事もろくにとることなく、空腹のまま、礼拝に馳せ参じたのです。それほどまでに、彼らは日曜日を「主の日」と呼んで重んじ、礼拝のために集まりました。

なぜか? イエス・キリストが甦られた日だからです。新しい命の始まりの日だからです。だから、初代のキリスト者たちは日曜日を「まことの安息日」として祝いました。今日の物語は、安息日の主として、まことの安息への道を命を賭けて開いてくださった主イエスの姿を伝えています。

ユダヤの人々にとって、安息日は土曜日でした。土曜日は一週間の最後の日です。なぜ、この日を安息日として大切にするようになったか? それは旧約の創世記第1章に記された天地創造の御業に由来します。神様が六日の間働いて、世界とそこに住むすべての命をお造りになった。そして六日目に神はご自分が造ったすべてのものをご覧になって満足され、喜んで祝福してくださった。そこで創造の御業を完成なさった神は、七日目、すなわち週の最後の日に、安息を取られた。つまりお休みになったのです。ただ、私たちが気を付けなければならないのは、神様が休まれたと言う場合の「休み方」です。神様は私たち人間のように、「ああ、くたびれた」と言って休まれたのではありません。しんどいから休まれたのではないのです。じゃあ、何のために休まれたかと言いますと、満ち足りた祝福のうちにお休みになった。世界を喜ぶために休まれたのです。これが神の安息です。

それに対して、人間の安息とは、この神の安息に応えて、神の安息の中に身を置くことなのです。少し砕けた言い方をしますと、神様の安息のおすそ分けを頂くと言っても良いかも知れません。神様の場合は、創造の御業を完成させてお休みになりましたが、人間の場合は必ずしも仕事や務めが完成しているわけではありません。ですから、人間が安息を取るためには、仕事を中断しなければなりません。安息日を表す「サバト」という言葉は元々、「中断する」という意味があった。それまであくせく働いていた仕事を中断し、仕事場から離れる。それが人間の側の安息になりました。

では、仕事を中断して何をするのか? くたびれて、ごろ寝をするのではありません。神が満ち足りた祝福をもってこの世界を見てくださっている。その眼差しに応えて、神を仰ぎ、感謝の礼拝をした。つまり、人間の安息とは本来、礼拝と結び付いたものだったのです。「安息日を覚えて、これを聖とせよ」という十戒の安息日規定は、ここから生まれたのです。

ところが、安息日を守ることが一旦、規定になりますと、その規定がいつしか一人歩きを始めてしまう。そういうことって、ありますね。規定とか規則には本来の心があったはずなのですが、規定が心を置き去りにして一人歩きを始めてしまうのです。そのプロセスの中心を担ったのが、ファリサイ派の律法学者たちでした。

ファリサイ派の人々といえば、主イエスの敵となった敵役を連想してしまいますが、実際のファリサイ派の人々は、真面目で誠実な教師タイプの人が多かったようです。そのファリサイ派の教師のところに、人々が質問しにやって来るのです。

「先生、安息日には働いてはならないと律法に書いてあるそうですが、いったいどこまでの労働なら許されるのですか?」

「家畜に水を飲ませてやるのも、労働に当たるのですか?」

「食事を作るのは労働になりますか?」

庶民には差し迫った生活がありますから、質問も切実です。ファリサイ派の教師達は真面目ですから、故事を尋ね、聖書を調べて、律法の解釈に勤める。そして人々の質問に丁寧に答えていったのです。その結果、安息日に許された歩く距離というのが生まれましたし、料理は前日に作っておいて、安息日には火を使わなければ大丈夫などという決まりも生まれたのです。

まことに親切な生活の手引きではありますが、皆さん、どう思われるでしょうか? 神の満ち足りた祝福の中に身を置いて、身も心も解き放たれて神を仰ぐ。まことにおおらかで恵みに満ちた安息日本来の心が、ほぼ完全に欠落していることに、皆さん気付かれたことと思います。これでは神の祝福の中に身を置くといより、自分たちが作り上げた規則に縛られていると言ったほうが、当たっている。これは本末転倒です。

主イエスは、このおかしな状況に何を語り、どう振舞われたか? マタイは安息日を巡って起きた主イエスの論争を二つ、続けて語っています。まず一つ目の出来事。それは麦畑の中で起こりました。

ある安息日に、主イエスが麦畑を通って行かれた。弟子たちも一緒です。きっと、お腹がすいたのでしょう。弟子たちが麦の穂を摘み取って、ほおばったのです。すると、ファリサイ派の人々が弟子たちを咎めました。

「御覧なさい。あなたの弟子たちは、安息日にしてはならないことをしている。」

何を言っているのかというと、弟子たちが麦の穂を摘み取ったのは、安息日規定で禁止されている「収穫」の行為に当たるではないかと、咎めたのです。いくらなんでも、これでは言いがかりではないかと思われるかも知れませんが、それほどに、安息日規定というのはユダヤの人々にとって重大な定めだったのです。

主イエスというお方は、安息日規定をそれほど厳格にはお守りにならなかったようです。しかし、それは安息日を守らなかったということではありません。主イエスも安息日を守られた。いや、主イエスこそ安息日をまことの意味で守られたと言ったほうが良いと思います。身も心も神の祝福の中に置いて、会堂で礼拝を守り、礼拝後の食事の交わりを心ゆくまで楽しまれたのです。しかし、主イエスは安息日規定に捕らわれることはなさらなかった。安息日を守ることと安息日規定を守ることは別のことだからです。だから、主イエスはこう言われる。

「ダビデが自分も供の者たちも空腹だったときに何をしたか、読んだことがないのか。神の家に入り、祭司のほかには、自分も供の者たちも食べてはならない供えのパンを取って食べたではないか。」

王になる前のダビデが、サウル王に命を狙われて逃亡していた時のこと。命からがら逃げ延びて、空腹になったとき、祭司のもとを訪ねてパンを求めた。ところが、あいにく普通のパンがありませんで、祭司のほかは誰も食べることを禁じられた供えのパンしか無かった。そこでダビデは祭司からそのパンを譲り受けて、自分も食べ、供の者たちにも食べさせたのです。この故事を語った後で、イエス様は言われます。

「人の子は安息日の主なのである。」

主イエスがそこを去って会堂に入られた時のこと。会堂の会衆席に一人の人がうずくまって座っているのをご覧になった。見ると、片手が萎えている。すると、一緒に礼拝をしていた人々は、主イエスの言動に注目していた。イエスがこの病人を癒されるかどうか注目していたのです。この非難がましい眼差しに、主イエスは気付いておられたでしょう。彼らの思いを見抜いて、こう言われたのです。

「あなたがたのうち、誰か羊を一匹持っていて、それが安息日に穴に落ちたら、手で引き上げてやらない者がいるだろうか。人間は羊よりもはるかに優れた者ではないか。だから、安息日に善いことをするのは許されている。」

こう言って、片手の萎えた人に「手を伸ばしなさい」と言われた。すると、彼の手はたちどころに元通りになったのです。ファリサイ派の人々によれば、安息日とは何もしない日です。ファリサイ派の人々の教えが、そうさせてしまったのです。しかし、本当に神様はそういうことを望んでおられるのか? 神が安息日を守る人間に望んでおられるのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。二つに一つを問うておられる。真ん中の道はありえない。神の前では、善か悪か、どちらかです。あなたたちは、どちらに立つのか? 厳しい問いかけです。

今日は出エジプト記23章の言葉を読みましたが、皆さん意外に思われたかも知れません。出エジプト記といえば代表的な律法の書です。だったら、もっと厳しい規定が細々と書かれていると思うのに、ここに記された安息日のための教えの、なんとおおらかで、心やさしいことでしょうか。12節に、こう書いてありました。

「六日間はあなたの仕事をし、七日目には休みなさい。そうすれば、あなたの牛やろばは休みを得、女奴隷の子や寄留者は一息つくことができる。」

自分が休むだけではないのです。働いたのは、自分だけではありません。六日の間、一緒に働いてくれた奴隷や家畜も休ませる。敵のロバが荷物の下に倒れ付しているのを見たら、見捨てておいてはならない。敵である彼に手を貸して、必ず彼と一緒になって、彼のロバを助け起こさなければならない。

いかがでしょうか。ここに脈々と流れているのは、命への慈しみではないでしょうか。天地創造のとき、六日の御業のあと、神がすべての命を慈しみの眼差しでご覧になり、これを祝福された。あの時と同じ慈しみです。この命への慈しみこそが、安息日の心ではなかったか。主イエスはそれをご存知だったのです。命を見捨てておいてはならない。だから、主イエスはおっしゃった。命を救うのと、滅ぼすのと、あなたたちはどちらに立つのか? そして一同を見回し、手の萎えた人に向かって「手を伸ばしなさい」と言われた。すると、手は元どおりになったのです。嬉しいことです。これこそ神様が安息日に望んでおられることです。ところが、人々はどうしたか? こう書いてあります。

「ファリサイ派の人々は出て行き、どのようにしてイエスを殺そうかと相談した。」

主イエスを殺す計画は、このとき、人々の心の中に芽生えていたのだとマタイは言うのです。

さあ、今日の物語をお読みになって、皆さんは、どう思われたでしょうか。イエス様はあまりに挑発的ではないかと思われた方もあるかも知れません。確かに、ファリサイ派の人々を挑発しておられるようにも見える。手の萎えた人の癒しについても、「明日、出直して来なさい」と言われても良かったはず。なのに、どうしてけんかを売るような仕方で癒しをなさったのか?

しかし、主イエスは挑発しておられるのでしょうか? 私は違うと思う。挑発しておられるのではなくて、命を賭けておられるのです。まことの安息を取り戻すために、命を賭けておられる。安息日は神の祝福の日です。ご自分がお造りになった世界とそこに住むすべての命に、慈しみの眼差しを注いで、祝福してくださったのです。

しかし、人間の罪というのは、まことにしぶといものでして、安息日という神の祝福の中にさえ、罪はその姿を現してくる。礼拝の中にさえ現れてくるのです。主イエスはその罪の縄目を解いて、安息日を取り戻してくださった。

しかし、主イエスの御業は、そこでは終わらない。取り戻した安息日を、私たちに与えてくださった。礼拝の日として与えてくださったのです。だから、キリスト教会は、最初から日曜日を安息日としたのです。主が命をもって贖い取ってくださった日。それが今日と言う日です。週の初めの日に、私たちは礼拝をする。それは、たまたま偶然のことではない。主が命の代価を払って、私たちに与えてくださった、まことの安息日です。その日に、私たちは神の祝福の内に身を置いて、身も心も安らいで感謝の礼拝をする。それが私たちの安息です。まことに有り難い、嬉しいことだと思います。

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当教会では「みことばの配信」を行っています。みことばに牧師がショートメッセージを添えて、一年365日、毎朝お届けしています。ご希望の方は以下のアドレスにご連絡ください。

ssato9703@gmail.com

 

以下は本日のサンプル

愛する皆様

おはようございます。今日一日が主の祝福の内にあることを願い、今日の御言葉を配信します。

8月16日(日)のみことば

「心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くしてあなたの神、主を愛しなさい。」(旧約聖書:申命記6章5節)

「ヨハネの子シモン、この人たち以上に私を愛しているか。」(新約聖書:ヨハネ福音書21章15節)

イエス様の言い方に注目してください。イエス様はただ「私を愛するか」と問うておられるのではなくて、「この人たち以上に」というふうに、他の人と比較して言っておられる。そんなことは、今までなかったことです。どうして、こんな言い方をなさったのか。じつは、この言葉は、主イエスが捕らえられる前の晩の出来事と深い関連があります。あの晩、イエス様は弟子たちに御自分の受難を予告されました。すると、ペトロが「他の人たちがつまずいても、私は決してつまずきません」と、他の弟子たちがいる前で公言した。「この人たち以上に」というのは、じつはあの時、ペトロが言ったことなのです。

あの時、ペトロは、どんなことがあっても自分はイエス様を見捨てるようなことはしないと言いましたが、あれは偽りのない言葉であったと思います。実際ペトロは深い尊敬と愛情をもってイエス様に従ってきたわけです。しかし、ペトロがそう言い切った時に、主イエスは「あなたは鶏が鳴く前に、三度、私を知らないと言うだろう」と言われた。これはペトロにとって、大変に心外な言葉であったと思います。しかし、主イエスが捕らえられて大祭司の館の連行されて行った時、ペトロは大祭司の中庭まで様子を伺いに行くのですが、そこで人々に見とがめられて「いや、私はあの人のことは知らない」と三度に渡って主イエスを否認しました。イエス様の言葉は、この出来事を思い起こさせる言葉です。ペトロにとってみれば、この出来事は本当に触れられたくない問題です。しかし、ペトロが本当の意味で立ち直るためには、この一件を乗り越えることが、どうしても必要だった。だから、主イエスはその一件に触れられるのです。