聖書:詩編139編1~6節・コリントの信徒への手紙一4章14~21節

説教:佐藤 誠司 牧師

「私の舌に言葉が上る前に、主よ、あなたは何もかも知っておられる。」(詩編139編4節)

「しかし、主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行きます。そして、高ぶっている者たちの、言葉ではなく、力を見せてもらいましょう。神の国は言葉ではなく、力にあるのです。」 (コリントの信徒への手紙一4章19~20節)

 

私たちは今、日曜日の礼拝で、主の祈りを学んでいます。主の祈りは、その名のとおり、主イエス・キリストが教えてくださった祈りです。一人、寂しい所に退いて祈る主イエスの姿を見て感銘を受けた弟子たちが、「私たちにも祈りを教えてください」と願った。この願いに応えるようにして、イエス様が教えてくださったのが主の祈りです。そのような祈りですから、弟子たちはさぞ喜び勇んで、毎日主の祈りを祈っただろうと思いますが、意外にも現実はそうではなくて、弟子たちが主の祈りを自分たちの祈りとして日々祈り始めたのは、主イエスの十字架と復活の後であったと言われます。どうしてなのでしょうか。

こういうことは考えられるでしょう。主の祈りを教えていただいた弟子たちは、この祈りの大きさ、深さに圧倒されて、とてもじゃないけれど、この祈りを自分たちの祈りとして祈ることは出来なかったのではないか。これについて、カトリック作家の遠藤周作が興味深いことを述べています。遠藤さんは子ども時代に洗礼を受けてキリスト者となったのですが、礼拝に出てもキリスト教のメッセージが全く分からない。遠藤さんは、それを親から与えられたブカブカの服を着ている子どもに譬えています。キリスト教のメッセージが大きすぎて、子どもの身に合わないのです。しかし、服はいつまでもブカブカではありません。子どもの成長に伴って、やがては服が身になじんでいく。キリスト教のメッセージというのは、そういうものではないかと遠藤さんは言うのです。そこはかとないユーモアを滲ませた名解釈だと思いますが、主の祈りに関しては少々的が外れているとも言えるでしょう。

確かに主の祈りは、弟子たちにとって身に余るブカブカの服に似ているかもしれません。しかし、ブカブカの服は子どもの成長を待っているだけで、子どもに手を差し伸べるわけではありません。しかし、主の祈りは、どうでしょうか。主の祈りは高みの見物をして、弟子たちの成長をただ待っているだけでしょうか。そうではないと私は思います。主の祈りは、それを祈る人に手を差し伸べ、信仰を導いてくれる。祈りが、それを祈る人を導くということが起こってくるのです。じつに不思議なことだと思います。

そこで、主の祈りの中身に入っていくわけですが、先ほど私は「主の祈りの大きさ、深さ」ということを言いました。さあ、主の祈りの、いったいどこが大きいのか。私はそれは神の国の到来を祈り願う「御国を来たらせたまえ」という祈りだと思うのです。これはもう、神様の独り子である主イエスにして初めて祈ることの出来る祈りだと。とても我々ごときに祈れる祈りではないと、弟子たちがそう思っても不思議ではない。それほどに、これは父なる神と独り子イエス様が面と向かった祈りなのです。ですから、「神の国」という言葉は、その多くが福音書に出て来る。しかも、主イエスの語られた言葉として出て来ます。代表的なのはマルコ福音書1章の14節、15節でしょう。

「ヨハネが捕らえられた後、イエスはガリラヤへ行き、神の福音を宣べ伝えて、『時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて、福音を信じなさい』と言われた。」

これは主イエスの伝道の第一声ですが、それと同時に、これは主イエスが生涯を通してお語りになったことでもあります。主イエスは生涯を通して神の国を宣べ伝えられたのです。また、ルカ福音書の17章の20節以下には、こんな御言葉があります。

「神の国は、観察できるようなしかたでは来ない。『ここにある』とか、『あそこにある』と言えるものでもない。実に、神の国はあなたがたの中にあるからだ。」

主イエスが来られたことによって、神の国はもう既に地上に来たとも言えるわけです。神の国という言葉は、ややもすれば誤解を招く言葉かもしれません。国という言葉が、どうしても日本や中国、アメリカといった国境のある、目に見える国家を連想させるからです。ですから、これは「神の支配」と訳したほうが良いのだと言う学者もいるのです。ですから「神の国」という言葉を聞いたら、ああこれは「神のご支配」のことなのだと、心に留めておかれるのが良いかもしれません。また、主イエスは幼子を愛し、幼子をみもとに招かれたときに、こうおっしゃった。

「子どもたちを私のところに来させなさい。妨げてはならない。神の国はこのような者たちのものである。よく言っておく。子どものように神の国を受け入れる人でなければ、決してそこに入ることはできない。」

また、イエス様は、このほかにも「神の国」を多くの譬えを用いてお語りになりました。このように、「神の国」というのは、福音書において、主イエスがお語りになる言葉だというイメージが、私たちにはあると思います。ですから、私たちは、パウロの手紙は「神の国」について語っていないかのような印象を持ちがちですが、実際はそうではない。パウロも「神の国」について語っているのです。そこで今日は、パウロの手紙から一か所、「神の国」について語った箇所を取り上げて、そこからお話を進めていきたいと思います。それはパウロがコリント教会の人々に宛てて書いた第一の手紙の4章20節の言葉です。一つ前の19節から読んでみます。

「しかし、主の御心であれば、すぐにでもあなたがたのところに行きます。そして、高ぶっている者たちの、言葉ではなく、力を見せてもらいましょう。神の国は言葉ではなく、力にあるのです。」

神の国は言葉ではなく、力なのだと明言しています。しかも、パウロは、かなり厳しい口調でコリント教会の人々を諭している。コリント教会の人々が驕り高ぶっていたからです。そういう特殊な事情のもとで書かれた言葉ですから、この言葉は誤解をされることが多かった。「言葉ではなく、力だ」などと聞きますと、大事なのは理屈ではなく、実行なのだというふうに、誤解されてきたのです。しかし、それは、ハッキリ言って間違いです。

もともとパウロは「力」という言葉を非常に慎重に使う傾向があります。パウロがここで用いた「力」という言葉は、聖書の原文では「デュナミス」という語が使われています。ダイナミックという英単語の元になった語です。この語が出て来る代表的な箇所は、使徒言行録の第1章8節。復活の主イエスが天に昇られる前に、弟子たちに聖霊が与えられることを予告される次の言葉です。

「あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。」

この御言葉からも明らかなように、「デュナミス」というのは、力は力でも、腕力や武力のような力ではない。人知を超える神からの力のことです。パウロが「神の国は言葉ではなく、力だ」と言った「力」も、これと同じ意味だったのでしょう。もう一つ、パウロが「力」という語を使った箇所で、どうしても落とすことの出来ないのが、第一コリントの第1章18節の言葉です。

「十字架の言葉は、滅びゆく者には愚かなものですが、私たち救われる者には神の力です。」

まことに印象深い言葉です。十字架の言葉は神の力だと言うのです。また、これと関連して、24節以下にも「神の力」という言葉が出ております。22節から読んでみましょう。

「ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、私たちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えます。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。」

パウロが「神の力」という言葉を使うとき、それは主の十字架の恵みを語る時だということが、これだけでお解かりになると思います。パウロにとって「神の力」という言葉は救いを語る上で、キーワード・鍵の言葉なのです。その「鍵の言葉」が同じ手紙の2章5節にも出て来ております。

「それは、あなたがたがの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためでした。」

ここでは「神の力」という言葉が「人の知恵」という言葉に対比されて語られています。「神の力」とは「人の知恵」の対極にあるもの、人の知恵の及ばぬものという考えが、ここにあります。パウロは「神の国は言葉ではなく、力なのだ」と言いましたが、あそこで「言葉」と言われていたのが「人の知恵」のことです。パウロにとって「神の力」と「人の知恵」は正反対のものだったのです。そんなパウロにとって、「神の力」とは、いったい、どのような力なのでしょうか。

パウロはコリントに来る前はアテネで伝道しました。アテネからコリントへの移動。それは単なる活動地の変更ではありませんでした。パウロの中で、大きな決心をさせるほどの変化があったのです。アテネからコリントへ向かうパウロ。その心境は穏やかではなかったようです。その様子をパウロは正直に書いています。3節です。

「そちらに行ったとき、私は衰弱していて、恐れに取り付かれ、ひどく不安でした。」

1年半の間、パウロはコリントに滞在してコリント教会の基礎を据えます。

しかし、その努力にも関わらず、パウロの伝道は一向に実を結ぼうとはしませんでした。なぜか? ギリシアの人々にとって、十字架につけられて死んでしまうような救い主は、到底、考えられなかったからです。ギリシアの人々は十字架の贖いが信じられなかったのです。その時のことをパウロは、第一コリントの2章1節で、こう述べています。

「きょうだいたち、私がそちらに行ったとき、神の秘儀を告げ知らせるのに、優れた言葉や知恵を用いませんでした。」

福音を語るのに、優れた言葉や知恵を用いないことに決めた。そうパウロは言うのです。すると、どうなったか。もう十字架しか語れなくなった。十字架を信じることの出来ないギリシアの人々に、十字架しか語れなくなった。だから、パウロは衰弱し、不安と恐れに取り付かれたのです。

パウロは言葉を失ってしまいます。伝道者が語る言葉を失ってしまう。これは、誰が考えても致命的なことでしょう。しかし、意外にも、ここが突破口になるのです。パウロが語る言葉を失った。その時、鮮やかに見えてきたものがありました。それが「神の力」です。主の十字架に現された「神の力」が言葉を失ったパウロにハッキリと見えてきたのです。だから、パウロはこう述べています。5節です。

「それは、あなたがたがの信仰が人の知恵によらないで、神の力によるものとなるためでした。」

神の力によって信じるとは、どういうことでしょうか? 人の知恵、人の言葉というのは、結局は相手を説得するところ止まりなのです。人の知恵、人の言葉は、人を説得することは出来ても、人の心を開くことは出来ません。だから、パウロは言いました。

「神の国は言葉ではなく、力なのだ。」

神の力とは、何でしょうか。赦しの力なのです。罪を赦す力。それが神の力です。この神の力は、長い間秘められていました。ただ旧約の限られた人々、預言者や、詩編の詩人といった人々だけが、この罪の赦しとしての「神の力」について語りました。しかし、時が満ちて、神の力、罪を赦す力は御子イエス・キリストの十字架と復活において完全に現わされた。罪人を絶対に見捨てない、愛とあわれみ。それこそが神の力であり、その力が主の十字架に現されている。私たちを救うのは、この神の力です。主イエスは、この力と共に罪の赦しを求める祈りを、私たちに与えてくださいました。

「御国を来たらせたまえ。」

私たちはこの祈りを心からの感謝と信頼をもって祈ります。主イエスと共に祈るのです。

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当教会では「みことばの配信」を行っています。みことばに牧師がショートメッセージを添えて、一年365日、毎朝お届けしています。ご希望の方は以下のアドレスにご連絡ください。

ssato9703@gmail.com

 

以下は本日のサンプル

愛する皆様

おはようございます。今日一日が主の祝福の内にあることを願い、今日の御言葉を配信します。

2月8日(日)のみことば

「イスラエルよ、主を待ち望め。主のもとに慈しみがあり、そのもとに豊かな贖いがある。この方こそ、イスラエルをすべての過ちから贖ってくださる。」(旧約聖書:詩編130編7~8節)

「私の子どもたち、キリストがあなたがたの内に形づくられるまで、私は、もう一度あなたがたを産もうと苦しんでいます。」(新約聖書:ガラテヤ書4章19節)

ガラテヤの人々は、パウロの伝道によってキリストと出会い、救われてキリスト者になりました。素晴らしいことです。しかし、逆戻りしてしまった。洗礼を受ける前の状態に戻ってしまったのです。パウロの悲しみは、いかばかりであったろうと思います。パウロは「あなたがたのことが心配です」と述べています。「あなたがたのことで途方に暮れている」とも述べています。いずれも、いつものパウロには見られない、切迫した表現です。ガラテヤの人々の逆戻りは、パウロにとっても、大きなショックだったのです。しかし、パウロは望みを捨ててはいません。

パウロはガラテヤの人たちを「私の子どもたち」と呼んで、「私は、もう一度あなたがたを産もう」と語りかけています。パウロはしばしば「産みの苦しみ」ということを語っています。これは苦しみではありますが、目的のない苦しみではありません。新しい命を生み出すための苦しみです。しかし、パウロはガラテヤの人々がもう一度健全な信仰に立ち帰るために、歯を食いしばって、何から何まで自分がやって、もう一度産みの苦しみをしようなどと言っているのではありません。パウロの言葉遣いに注目してください。「キリストがあなたがたの内に形づくられるまで」という言い方をしています。これはキリストが主体になっている言い方です。パウロは自分が主体ではないことを知っているのです。