聖書:イザヤ書42章1~9節・使徒言行録21章1~16節

説教:佐藤 誠司 牧師

「彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく、暗くなっていく灯心を消すこともない。」 (イザヤ書42章2~3節)

「そのとき、パウロは答えた。『泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか、死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。』パウロがわたしたちの勧めを聞き入れようとしないので、わたしたちは、『主の御心が行われますように』と言って、口をつぐんだ。」 (使徒言行録21章13~14節)

 

ミレトスの港でエフェソ教会の長老たちと別れたパウロは、出港してエルサレムに向かいます。もちろん、これが最後のエルサレム行きです。パウロたちもそれを覚悟しています。ミレトスの港は、さほど大きな港ではなかったのでしょう。パウロたちが乗った船も、小型のものだったと思われます。聖書の巻末に載せられている地図をご覧になってください。パウロの第3次旅行と書いてある地図です。

これを見ますと、小アジアのミレトスから船出をして、コス島に行き、翌日ロードス島、そしてパダラに渡ったと書いてある、その航路は陸地に沿っていることがこの地図で分かります。当時、小型の船は、航行技術が未発達でして、陸地の目印になる高い山や崖、岬の風景、あるいは山と山の重なりの見え具合など、目で見渡す眺めを頼りにしていたのです。ベテランの船乗りたちは、陸の風景の移ろいをすべて覚えていて、それで水先案内をした。使徒言行録の著者ルカも、それをよく知っていて、パダラで大きな船に乗り換えて出発すると、キプロス島が見えてきた。それを左にして通り過ぎるなどという描写をして、読者がその風景を目の前に描きながら読めるように語っている。ここらあたりがビジュアル描写に長けたルカらしいところです。

さあ、船はついにシリア州に着きました。ティルスの港です。以前の口語訳聖書では「ツロ」となっていましたティルスは大きな港です。ここで船は荷揚げその他の作業のために、七日間、停泊しました。パウロたちは船から上がって、この町に弟子たちを探します。

この「弟子」というのはパウロの弟子ということではなく、キリスト者のことです。パウロたちは、この町にもきっとキリストを信じる人たちがいると、そう信じて捜したのです。すると、やはりキリスト者が見つかった。パウロたちは七日間、弟子たちのところに泊まったと書いてあります。七日の間ということは、パウロは彼らと共に主の日の礼拝を守ったということです。家庭集会を、礼拝として守ったのです。このティルスにいるキリスト者はどういう人々であったかというと、11章の19節に、こんなことが書かれていました。

「ステファノの事件をきっかけにして起こった迫害のために散らされた人々は、フェニキア、キプロス、アンティオキアまで行った。」

この散らされた人々がティルスに留まったのでしょう。彼らは、もともと、ギリシア語を話すユダヤ人キリスト者でありまして、律法から比較的自由な考えを持っておりました。だから、エルサレムに留まることが出来ずに、追放されたのです。そういう人々ですから、どちらかと言えば、パウロの異邦人伝道に共感を覚えて、エルサレム教会とは距離を置いている。ですから、彼らはパウロからエルサレム行きの話を聞くと、口を揃えて反対しました。しかも4節を見ますと、「彼らは霊に動かされ、エルサレムに行かないようにと、パウロに繰り返し言った」と書いてあります。聖霊が彼らに働きかけて、エルサレムに行かないよう、パウロに繰り返し頼んだというのです。しかし、皆さん、覚えておられるでしょう。先々週読んだ20章22節、23節に、こう書いてありました。

「そして今、わたしは霊に促されて、エルサレムに行きます。そこでどんなことがこの身に起こるか、何も分かりません。ただ、投獄と苦難とがわたしを待ち受けているということだけは、聖霊がどこの町でも、はっきり告げてくださっています。」

これを見ますと、同じ聖霊が、パウロにはエルサレム行きを決断させ、ティルスの人々には、これを引き止めさせるという、相反する働きをしていたことが分かります。これはどういうことなのでしょう。聖霊は、そういう矛盾する働きをするのでしょうか? 違います。確かに、パウロにエルサレム行きを決意させたのも聖霊ですし、ティルスの人々にパウロのエルサレム行きを止めさせたのも聖霊です。しかし、そのことによって聖霊は、今からエルサレムでパウロの身に起こることが、いかに苦しいものであろうと、それは神様の御旨であることを、告げているのではないでしょうか?

ティルスの人々も、パウロの決意の中に、神の御心を見て取ったのでしょう。滞在期間が過ぎて、出発の日がやって来ます。パウロたちはエルサレムに向かう船旅に出、人々はパウロたちを見送ります。ここにも別れがあります。ルカのここの描写が鮮やかです。ルカという人はもともと、人の心を、目に見えるビジュアルな描写で描くことに長けています。

ここも、そうです。ティルスのキリスト者たちが、敬愛するパウロと別れるに際して、妻や子供たちを一緒に連れて来て、家族が皆、キリストを信じる信仰に入ったことをパウロに見せるのです。幼子を抱き上げてパウロに見せる人もいたかも知れません。あなたが撒いた種は、こうして豊かに実を結んでいますよ、あなたの苦しみは必ず御国の前進のために尊く用いられますよと、どんな言葉よりも雄弁に、彼らは語りかけるのです。パウロは嬉しかったに違いありません。そして彼らは町外れまで来ると、共に浜辺にひざまずいて祈りをささげます。浜辺にひざまずいて祈る親子の姿が目に浮かぶような描写です。そして彼らは互いに別れの挨拶を交わします。どんな挨拶を交わしたのでしょう。それは、もはや明らかです。先週読んだ20章32節と同じ言葉で、パウロは別れを告げたのでしょう。

「そして今、わたしは、神とその恵みの言葉とに、あなたがたを委ねます。この言葉は、あなたがたを造り上げ、聖なる者とされたすべての人々と共に、恵みを受け継がせることが出来るのです。」

私はあなたがたを御言葉に委ねるとパウロは言うのです。愛する人と別れるとき、私たちは一番確かなものに、相手を委ねるでしょう。パウロは愛する人々を御言葉に委ねたのです。これさえあれば、あなたがたは生きて行ける。健やかに生きて行ける。パウロには確信があったのです。

さて、パウロたちはティルスの港を出て、南のプトレマイスに着き、さらに南に下って、カイサリアに着きます。カイサリアはペトロとローマの百人隊長コルネリウスが出合った町です。最初の異邦人伝道が行われた町として知られます。そこに、ペトロが去ったあと、エルサレムを追われた伝道者フィリポが来ていたのです。フィリポについては、使徒言行録の第8章に、エチオピアの宦官にバプテスマを授けたことが記されていました。あれが異邦人伝道の最初の実りだったのです。そしてそのフィリポが、コルネリスのいたカイサリアに留まって福音を伝え続けたのです。異邦人伝道は、やはり神様の御心であったと言わざるを得ません。すべてが導きだったからです。

さて、パウロはフィリポの家に滞在します。幾日か滞在するうちに、ユダヤからアガボという預言者が下って来ます。アガボについては、11章の27節に名前が出ておりました。

「そのころ、預言する人々がエルサレムからアンティオキアに下って来た。その中の一人のアガボという者が立って、大飢饉が世界中に起こると霊によって予告したが、はたしてそれはクラウディウス帝の時に起こった。そこで、弟子たちはそれぞれの力に応じて、ユダヤに住む兄弟たちに援助の品を送ることに決めた。」

この大飢饉を予告したのがアガボだった。そして、このユダヤに住む兄弟たちへの援助の品というのが、パウロたちが携えている献金なのです。パウロは異邦人教会からの献金を携えて、今、エルサレムに上ろうとしているのです。エルサレム教会が異邦人教会からの献金を受け取るかどうか。その一点に教会の将来を託して、上ろうとしているのです。

さて、フィリポの家に来たアガボは、パウロたちに会い、不思議なことを預言します。彼はパウロの帯を取って、それで自分の手足を縛り、その姿をパウロたちに見せて、こう言ったのです。

「聖霊がこうお告げになっている。『エルサレムでユダヤ人は、この帯の持ち主を、このように縛って異邦人の手に引き渡す。』」

まさに異様な預言です。このように、言葉だけでなく、自分の体を使って預言を語ることが、旧約以来のイスラエルの歴史にはあったのです。これを聞いて、さすがにパウロの同行者たちも恐れを抱いたと見えて、彼らは土地の人たちと一緒になって、エルサレムに上らないようにと、パウロにしきりに頼みます。しかし、パウロは決然と答えます。

「泣いたり、わたしの心をくじいたり、いったいこれはどういうことですか。主イエスの名のためならば、エルサレムで縛られることばかりか、死ぬことさえも、わたしは覚悟しているのです。」

「主イエスの名のためならば」とパウロは言っております。これは、パウロと主イエスの出会いとなった、あのダマスコへの道の物語を思い起こさせます。第9章15節です。復活の主イエスがパウロのことを指して、こう言われるのです。

「行け。あの者は、異邦人や王たち、またイスラエルの子らにわたしの名を伝えるために、わたしが選んだ器である。わたしの名のために、どんなに苦しまなくてはならないかを、わたしは彼に示そう。」

「私の名のために、彼は苦しむことになる」と主イエスは言っておられるのです。それに呼応するように、パウロは「主イエスの名のためならば、縛られることばかりか、死ぬことさえも私は覚悟している」と述べている。今やパウロと主イエスは「苦しみ」によって結び合わされている。苦しみで結ばれているなんて、不思議なことがあるのですね。さあ、では聖書が言う「苦しみ」って、どういうことなのでしょうか? 詩編の119編に、こんな言葉があるのを、皆さんはご存知でしょうか?

「わたしは苦しまない前には迷いました。しかし、今は御言葉を守ります。」

詩編119編の67節です。口語訳聖書で読みました。普通、私たちは、苦しんだから迷いが生じたというふうに考えます。だから、苦しみは迷いの解決にはならないと考えるのです。しかし、この詩編は、そうは考えていません。私が迷ったのは、苦しまなかったからだと、この詩編は言うのです。この詩人は、私は苦しみ抜いたから、今は迷いを吹っ切りましたと述べている。苦しむことは確かに辛いことです。

しかし、苦しんだことによって、迷いが消えたのです。どんな迷いでしょうか? 自分は果たして神様の御手の中にあるのかどうか、その一点で、迷っていたのです。それが苦しむことによって、確信に変わった。私は苦しみの中にあって、なお、神の御手の中にある。だから、この詩編は、この言葉のすぐ後に、こう語る。

「苦しみに遭ったことは、わたしには良いことです。これによってわたしは、あなたの掟を学ぶことが出来ました。」

苦しみによって、私は神様の掟を、すなわち、神様の御心を学ぶことが出来たのだと詩人は感謝をもって歌うのです。どんな御心でしょうか? それは、もう皆さん、それぞれに、御自分の人生の歩みの中で分かっておられることと思います。「私は決してあなたを見捨てない。私はあなたと共にいる」という約束です。

パウロが苦しみの中で聞いたのも、この約束であったと私は思います。神様が人を苦しみに遭わすと聞くと、私たち日本人はすぐに「たたり」だとか「ばちがあたる」などということを連想します。それしか知らないのです。しかし、聖書を読みますと、「主があなたを苦しめ」という言葉が、じつにたくさん出て来ます。そして主があなたを苦しめて、ついには、あなたを幸いにするためであった」と苦しみの背後にある真理を語るのが聖書です。そして、この苦しみと幸いを結んでいるのが、神の言葉です。

今日はイザヤ書42章の御言葉を読みました。これも初代教会の人々が、主イエスのこととして聞いた御言葉です。

「彼は叫ばず、呼ばわらず、声を巷に響かせない。傷ついた葦を折ることなく、暗くなっていく灯心を消すこともない。」

傷ついた葦というのは、もう役に立たないものの代表ですね。捨てられて当然のものです。傷ついた葦を捨てるとき、人はどうするだろうか? そのまま捨てるのではなく、ぐしゃっと潰して捨てるでしょう。しかし、主イエスはそうはなさらない。傷ついた葦を折ることなく、見捨てることもなさらない。もう一度生かす。立ち直らせて、生かす。

暗くなっていく灯心も、役立たないものの代名詞です。なくなっていくものの象徴です。みんなが見捨てるものです。しかし、主イエスはそうはなさらない。暗くなって消えてしまう炎を、もう一度燃やしてくださる。あのエマオに向かう二人の弟子たちが、主イエスが一緒に歩んでくださって、御言葉を語り聞かせてくださることによって、消えかかっていた信仰の炎を、もう一度、燃えるものとしていただいた。彼らは互いに言い合いました。

「道で話しておられるとき、また聖書を説明してくださったとき、わたしたちの心は燃えていたではないか。」

主イエスへの信頼に燃えたのです。このお方は決して私たちを見捨てない。私たちと共にいてくださる。傷ついた葦を折ることなく、暗くなっていく灯心を消すこともない。パウロは今、このお方に支えられてエルサレムに向かいます。悲壮な覚悟で行くのではありません。主イエスが共に歩んでくださる。その人生を全部主に委ねて歩む。これは礼拝によって開かれる私たちの歩みそのものではないでしょうか。

 

 

 

 

 

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