聖書:使徒言行録3章11~26節

説教:佐藤  誠司 牧師

「ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。」(使徒言行録3章17~19節)

 

使徒言行録を注意して読みますと、ユダヤ教からキリスト教が分かれてくる、そのきっかけが、非常に微妙に、しかし、明確に描かれていることに改めて気付かされます。前にも申しましたが、使徒言行録の著者であるルカは、この点、大変に穏やかなものの見方をしておりまして、キリスト教が決してユダヤ教に対立するものでないことを、むしろ要所要所で強調しております。

使徒と呼ばれる弟子たちにも、ユダヤ教に対立する意思は無かったですし、弟子たち自身、自分たちはキリストを信じながらも、まだユダヤ教の中にいるのだと信じておりました。けれども、やがて福音のダイナミズムが彼らを突き動かしていく。福音それ自体の力が、弟子たちを突き動かして、ユダヤ教の壁を乗り越えさせるのです。

そのきっかけとなった事件が、第3章の冒頭で描かれています「美しい門」の事件です。午後3時の祈りのために、ペトロとヨハネとが神殿に行こうとすると、神殿の東の正門である「美しい門」の前に、足の不自由な一人の男が運ばれてきて、まるで物のように置かれていた。じつはエルサレム神殿には不思議な言い伝えがありまして、足の不自由な人や目の見えない人は、神殿の境内に入ることが出来なかった。ユダヤの律法に、そう定められていたのです。つまり、ユダヤ教の律法が、彼を礼拝から締め出していたわけです。他の人々は門の前に足の不自由な男が座っている。それだけで、この男は物乞いであろうと思って、彼の前に施しを置いて、足早に神殿に入って行きます。しかし、ペトロたちは違いました。ペトロは彼に言います。

「わたしには金や銀はないが、持っているものをあげよう。ナザレの人イエス・キリストの名によって立ち上がり、歩きなさい。」

そう言って、ペトロが彼の右手を取ってやると、彼は躍り上がって立ち、歩き出したのです。驚くべきことです。しかし、さらに驚くべきことが、この先に起こります。なんと、歩き始めた男は、ペトロたちと共に、神殿に入り、神を賛美し始めたのです。ここに何が起こっているのでしょうか? ユダヤ教の律法が彼を礼拝から締め出していた、その隔ての壁を、イエス・キリストの名が打ち破って、礼拝への道を開いた。そういうことが、ここに起こったのです。

その出来事に驚いた人々が集まってきます。ペトロはこの人々に向かって語り始める。それが今日の物語です。ペトロたちのそばには、なおも、あの男が付きまとっています。離れられないのです。それを見た人々は、すぐさま、この癒しの奇跡がペトロたちの力と信心によって引き起こされたものと思い込んでしまいます。そんな人々の心の思いを、ペトロたちは見抜いて、ペトロはこう語り始めます。

「イスラエルの人たち、なぜこのことに驚くのですか。また、わたしたちがまるで自分の力や信心によって、この人を歩かせたかのように、なぜ、わたしたちを見つめるのですか。」

では、いったい、歩けなかったこの人を歩けるとうにしたのは、誰の力であるか? 前後しますが、ペトロはそれを、16節で、こう述べております。

「あなたがたの見て知っているこの人を、イエスの名が強くしました。それは、その名を信じる信仰によるものです。イエスによる信仰が、あなたがた一同の前でこの人を完全に癒したのです。」

主イエスの名ということが言われております。主イエスは生前、弟子たちに繰り返し、こう言われました。

「わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。」

こう言って、弟子たちがご自分の名を使うことを許してくださったのです。今、主イエスは、この地上にはおられません。天に上げられ、父なる神の右に座しておられるのですが、その主イエスの力ある御業が、主イエスの名を託された弟子たちによって行われる。そういう新しい時代が到来したのです。

さて、ペトロの説教は、聖霊降臨の直後に語られたときも、そうでありましたが、やはりここでも「あなたがたが殺した主イエスを、神は復活させられたのだ」と言い放っています。15節です。

「あなたがたは、命への導き手である方を殺してしまいましたが、神はこの方を死者の中から復活させてくださいました。」

あなたがたが主イエスを殺したのだとハッキリ言ってますでしょう? 私たちは、こういうところを注意深く読まなければならないと思います。なぜかと言いますと、こういう描写を根拠にして、後々の教会の中に、誤った考えが生まれてきまして、ユダヤ人がキリストを殺したという偏見が定着したからです。1930年代に、ナチスが行ったユダヤ人迫害が、当初はヨーロッパ各地で容認されたのは、ユダヤ人イコール・キリスト殺しという偏見があったからです。

使徒言行録は、もちろん、そういうことを言っているのではありません。確かに、使徒言行録は主イエスを十字架につけてしまったユダヤの人々の罪を見逃してはいません。しかし、それは何も、ユダヤの人々の罪を糾弾するためではないのです。キリストの十字架というのは、私たち人間の思いをはるかに超えて深く大きい。主イエスを十字架につけた人たちの罪を赦すために、十字架の出来事は起こったのです。

ですから、十字架によって救われるというのは、主イエスを十字架につけた人々の中に自分を見出すことから始まります。それは決して、自ら手を下して、主イエスを十字架につけたわけではないけれど、無関心であったり、冷淡な思いであったり、また様々な悪い思いが私たちの心の中にはあると思います。そういう思いが、結局は主イエスを十字架にまで追いやってしまう。ああ、そうなのだ。私は、やっぱり主イエスを十字架につけてしまった人々の中にいたのだと分かる。それが悔い改めへの第一歩です。

ですから、ペトロは17節から、こう述べています。

「ところで、兄弟たち、あなたがたがあんなことをしてしまったのは、指導者たちと同様に無知のためであったと、わたしには分かっています。しかし、神はすべての預言者の口を通して予告しておられたメシアの苦しみを、このようにして実現なさったのです。だから、自分の罪が消し去られるように、悔い改めて立ち帰りなさい。」

悔い改めて立ち帰れ。これがじつは初代教会がユダヤの人々に向けて発していたメッセージの本質ではないかと言われております。ですから、ここから先、ペトロは、ユダヤの人々が、これこそユダヤ教の柱だと思って信頼していたモーセや、サムエルをはじめとする預言者たち、さらにはユダヤの人々が「父」とも呼んでいるアブラハムまで持ち出して、ユダヤの人々の説得を試みています。

私たち日本のキリスト者から見ますと、ユダヤ教なんて聞きますと、なんだそんな過去のもの、我々には関係ないなどというふうに思ってしまいますが、じつはそうではない。ユダヤ教の伝統があって、それを土台として、ユダヤ教の一番よいものを引き継いで、キリスト教が生まれてきたのです。例えば礼拝です。これはじつに不思議なことだと思います。というのも、ユダヤの周りの国々の人々は、どこを見ましても全部、偶像礼拝をしているのです。バアルとかアシュタロテと呼ばれる偶像が知られています。そういうのを祭って、それを金や石や、木で像にして拝む。例外無しにそうなのです。世界中がそうです。その中で、じつに不思議なことに、イスラエル、つまりユダヤの人々だけが偶像を作らない。偶像ではなくて、唯一の神様を信じる。そういう信仰生活をしていたのです。いったいそれは、どこから来たのか。この点に関しては、昔から旧約の学者たちが頭を悩ませまして、いったいどうしてイスラエルの人々だけが唯一の神を信じたのか。いろいろ調べてまわるのですが、どうしても分からなかった。イスラエルの人々だけが、偶像ではなく、神様の語りかけを聞く信仰に生きた。キリスト教が、唯一の神様の御言葉を信じるというのは、じつはそういうイスラエルの伝統を受け継いだものなのです。

イスラエルの礼拝の伝統というのは、神殿礼拝と、シナゴーグの礼拝に二分されますが、神殿で犠牲動物の命によって罪が贖われていく。それが聖餐式になって発展していきますし、シナゴーグ礼拝の御言葉による礼拝が、説教となって発展していくわけです。そして、私たちにとって大切なもの、例えば、永遠の命とか、復活とか、キリストの再臨、神の国の約束。そういうものは皆、旧約聖書から出ております。ですから、キリスト教というのはユダヤ教の上に成り立っているといっても差支えがないわけです。

これを建築に譬えますと、こうなるでしょうか? キリスト教がユダヤ教の上に成り立っているというのは、今日疑う人は、まずいません。しかし、その成り立ち方は、どうでしょうか? 大きな建物を建てるとき、建築家の人たちは足場を組みますね。足場が無ければ、建物は立ちません。けれども、その建物が出来上がったら、もう足場はのけてしまって、片付けてしまいます。もういらないわけです。出来上がった建物にとって、足場というのは無用のものです。イスラエルというのは、キリスト教を生み出すためにあるのであって、キリスト教が出来たら、これはもういらない。だから、神様はこれを片付けてしまわれたと、そう理解してはたして良いのだろうか?

それとも、そうではなくて、これは建築の土台のようなものであって、建物が建ち上がったときには、確かに外から見たら、その土台は見えなくなってしまう、隠れてしまうけれども、無用になったのではない。土台となって建物全体を支えている。イスラエルとキリスト教というのは、そういう関係ではないのかというのが、使徒言行録を書いたルカとルカの先生であるパウロの主張なんです。ですから、パウロとルカというのは、イスラエルは土台であって、決して足場ではないと、そういうことを強く言うわけです。例えば、パウロが書いたエフェソの信徒への手紙の2章に、こんな言葉がありますね、

「あなたがたは使徒や預言者という土台の上に建てられています。そのかなめ石はキリスト・イエスご自身であり、キリストにおいて、この建物全体は組み合わされて成長し、主における聖なる神殿になります。」

「使徒と預言者があなたがたの土台なのだ」とパウロは言っております。使徒と預言者というのは、新約と旧約ということでしょう? これらをつなぐかなめ石がキリストであって、この土台の上にキリスト教信仰というものが立っているのだとパウロは言うのです。

ところが、当時のユダヤ教、後期ユダヤ教と呼んでおりますが、その指導者となったのが信仰熱心なことで知られるファリサイ派の律法学者たちでした。この人々は、ガタガタになって崩れそうなユダヤ教の信仰を立て直した人たちです。その意味では模範的な信仰者なのです。ところが、この模範的な熱心が、結局、神様の招きを断ってしまう結果に終わってしまった。なぜなのでしょうか?

これは私たちの問題として深く考えなければならないことだと思うのですが、熱心な信仰者というのは、信仰のことを考えるときに、いつも人間の側から考えてしまいます。人間の功績とか働きとかですね。例えば「信仰によって救われる」という言い方があります。これは決して間違ってはいないことですが、そこに人間の思いが入り込んで、間違った理解になってしまうことが、ままあるのです。信仰によって救われる、と聞きますと、信じたから救われた、というふうに思ってしまう。何か人間が信じるという神様の気に入るような心の状態であるから神様が救ってくださる、いわばご褒美としての救い、そういうふうに考えがちなのです。

しかし、本当はそうではないですね。イエス様はしばしば「あなたの信仰があなたを救った」とおっしゃいました。その意味はどういうことだったでしょうか? この言葉をかけてもらった人は、信じたから救われたのでしょうか? そうではないですね。逆なのです。救われたから、信じた。どうしようもない罪の縄目を解き放っていただいて、救っていただいたから、信じ始めたのです。言葉を換えて言いますと、罪が赦されたから、信じ始める、そう言っても良いと思います。罪の赦しと救いが一つになっている。これがキリスト教の救いの秘密なのです。その秘密を垣間見ることを許されたのが、あの十字架上の犯罪人だったでしょう?

あの人は、イエス様を口汚く罵るもう一人の犯罪人をたしなめました。

「我々は自分のやったことの報いを受けているのだから、当然だ。しかし、この方は何も悪いことをしていない。」

この時点では、彼は事の真相に気付いていないのです。言っていることも、この方は悪いことをはしていないのに十字架に付けられている、と、そこ止まりなのです。しかし、次の瞬間、彼は主イエスの十字架の真相に気がつく。ひょっとして、あなたが背負っておられるのは、この私の罪なのですか。あなたはこの私の罪をも背負って、今、十字架についておられるのですかと、その一点に目が開かれたとき、彼は言いました。

「主イエスよ、あなたの御国へおいでになるときには、わたしを思い出してください。」

すると、主イエスは言われました。

「はっきり言っておくが、あなたは今日、わたしと一緒に楽園にいる。」

この人は救われたから信じ始めた。罪許されたから、信じ始めたのです。使徒言行録は、この救いが2千年前だけではなく、今も教会の中で、礼拝の中で起こっていることを今の教会に告げる、教会とそこに集う私たちへの励ましの手紙です。コロナ禍の今、私たちは使徒言行録から励ましを受けつつ、ペトロやパウロと同じ目標に向かって歩みたいと思います。

今週も神の祝福が豊かにありますよう祈ります。